☑︎沈みゆく国ツバルに残された選択肢
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「ツバルが海に沈んでしまったらどうしますか?」
驚きだったのが、この問いに少なくない数のツバル人が「ツバルと共に沈む」と答えました。それは、長く島で暮らしてきたお年寄りに限ったことではなく、まだ二十歳にもなっていない若者たちも同じ意見なのです。
彼らは「今の暮らしに幸せを感じている。島の伝統や文化は、ツバルでしか守っていけない」と語り、ツバルにとどまることを選びます。
しかし実際問題、ツバルが沈んでしまった場合に彼らはどうすることになるのでしょうか?
愛国心の強いツバル人のことですから、本当に島と共に沈んでしまうかもしれません。しかし、そんな将来を望む人などいません。
この記事では、海面上昇によって故郷を失うかもしれないツバルの人々に残されている、将来の選択肢についてまとめてみました。
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☑︎現実的な選択肢:移住
もしツバルが沈んでしまった場合、ツバル人に残されている道の中で最も現実的な選択肢は、移住でしょう。
私たちがインタビューをしたツバル人の中にも、移住を真剣に検討している人は少なくなく、特に海外の教育を受けた若い世代や、子を持つ親世代に多いです。
移住には、ツバルの文化を失うかもしれない、コミュニティが離れ離れになってしまうかもしれないというネガティブな面もありますが、先進国や人口の多い国に行くことで、職業の選択肢が増えたり、より良い教育を受けることができるといったプラスの側面もあります。
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☑︎ニュージランドへの移住
そんな中、移住先の候補の筆頭として上がっているのが、同じ南半球に位置する先進国であり、移民の受け入れに比較的積極的なオーストラリアとニュージーランドです。
オーストラリアとニュージーランドのフレンドリーな人柄は、ツバル人との相性が良く、オーストラリアに留学をしていたツバル人の女の子は、私たちとのインタビューの中で、オーストラリアはまるでツバルのように人々が優しかったと語ってくれました。
そういったことからも、ツバル政府は両国に対して昔から積極的な動きを見せており、約20年前となる1998年には、気候変動や海面上昇の影響で住めなくなったツバル国民を、環境難民として受け入れてくれるよう要請を出しました。
その結果、ニュージーランド政府は、年間75名のツバル人の移住を認める制度(PAC:Pacific Access Category)を設置して、その後、年間60人ほどのペースで移民の受け入れをしています。
現在は、およそ800人のツバル人がニュージーランドでの永住権を保持しているそうです。
しかし、この制度はツバル人を環境難民として受け入れるのではなく、あくまで労働者としての移住を認めたもので、移住するツバル人には高い英語力と収入が確保できる仕事があるなどの厳しい条件が課せられています。
<移住申請の条件>
・ツバル国民であること
・18-45歳であること
・英語コミュニケーション能力があること
・NZでの職があること(家族も伴う場合は年収NZ$28,276以上)
・違法滞在歴がないこと
さらに、この移住申請を行う前にまず、移住希望者は抽選に参加して当選する必要もあるそうです。
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☑︎オーストラリアへの移住
オーストラリアへの移住はニュージーランドへのものと比べて、さらに困難となっています。
というのも、オーストラリアはツバルを含めた南太平洋諸国出身者を2000人受け入れるという制度を設置したのですが、それは3年間の労働を許可するだけで、永住するためには正規のルートで永住権を獲得しなければなりません。
しかし、上記の制度で許可される労働はシドニーやメルボルンなどの都市部で行われるものではなく、地方で行われるもの限定です。
職種も、農業や観光などに限られており、正規のルートでの永住ビザを獲得するのに有利な職業スキルを習得する機会はあまり多くないでしょう。
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☑︎ツバル人の受け入れに消極的な先進国たち
こういったオーストラリアやニュージーランドの消極的な姿勢には、国際的にツバル人がまだ環境難民として認められていないという背景があります。
国連難民高等弁務官事務所によると、難民とは「命の危険のために、着の身着のままで逃げてきた人」で、環境難民はまだこの世にほとんど存在していないのだそうです。
ツバルでは、人がまだまだ暮らせますし、移住も直近の必要に迫られてというよりは、将来に備えて、もしくはより良い教育や職業を求めてといった意味合いが大きいのが現状でしょう。
そういったことからも、ニュージランド政府はツバル人を環境難民として認めていませんし、オーストラリア政府に至っては、現在ツバルが直面する問題の本質は、気候変動ではなく、急激な人口増加による影響が大きいという見解を表明しています。
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☑︎フィジーに存在するツバル人が住む島:キオア
フィジーにツバル人が暮らす島があるのをご存知でしょうか?
そこは、ツバルを構成する9つの環礁の1つであるバイツプ環礁のコミュニティーが第二次世界大戦後に購入したもので、キオアと呼ばれます。
最寄りの空港から車で1時間ほど進み、島から送られてくる船に乗らないとたどり着けず、キオアの島民の許可がなければ入ることができない場所です。
そのため、フィジー国内にもかかわらず、ツバルの文化が開拓されてから半世紀以上も保持され続けており、ツバル語も話されています。
キオア島にバイツプ環礁の若者が初めの開拓者として送られてきたのは1947年だったそうです。
フィジーにはカニバリズム(人食い文化)があるという話を聞かされて送られてきた彼らは、半分は新天地への希望に溢れていましたが、半分はフィジー人への恐怖を抱きながらの開拓だったといいます。
そのため最初のうちは、フィジー人との交流を持つことなく、自分たちだけで生き延びようとしました。
しかし、彼らにはバイツプ島から持ってきた知識とスキルしかなく、異なる環境を生き抜くために周辺の地域の人々に助けを求めるようになったのだそうです。
その後、周辺の村々と交流を持つようになり、中には特別な関係を気づく者も現れて、コミュニテイ外の人との結婚が始まりました。
バイツプ環礁出身の人たちがキオアに移住してから今年で71周年を迎えるのですが、キオア島には現在、200人ほどの人が暮らしています。
フィジーの文化も取り入れつつ、ツバルの文化も保持しているキオア島は、オーストラリアやニュージランドのようにツバル政府の公式な移住先候補には上がっていませんが、バイツプ環礁出身者には、開拓者として渡った親戚が今でも住んでいる移住しやすい場所でしょう。
また、私たちがインタビューをしたキオアの島民たちも「親戚が困難な立場にいるならば我々は手を差し伸べる」と、ツバル人の移住に前向きな姿勢でした。
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☑︎理想の移住先を作る:フナファーラエコアイランド
今までは、どのような移住先があるのかという話をしてきました。
しかし移住をした場合は、新たな場所でのコミュニティや文化に適応しなければならず、ツバル人のアイデンティティや伝統を失ってしまうのではないかと懸念している人は多いです。
理想としては、現在と同様の環境に移住することです。島民全員が知り合えるような手頃なサイズで、可能であればツバル人しか住んでいない場所。
それこそが理想の移住先であり、ツバル人がツバルと一緒に沈まずにすむ、最良の選択肢ではないでしょうか。
そういった土地を、ツバル国内に新たに作ろうというプロジェクトが、20年以上ツバルにて活動を続けているツバルオーバービュー代表の遠藤氏によって提案されています。
フナファーラエコアイランドと呼ばれるプロジェクトで、下の図のように、首都フナフティが位置するフォンガファレ島の南に、新たに土地を作るという計画です。
フナフティ環礁の内側のラグーンに堆積された砂を、サンドポンプでフナファーラエリアの浅瀬に埋め立てて、海面上昇にやられないように、かさ上げします。
サンドポンプはドバイや各国の海洋リゾートなどで使用されていて、短期間のうちに安価な造成ができることが特徴なのだそうです。
また、環礁内の潮の流れは、有孔虫由来の砂や貝類、環礁内外で生産されるサンゴをフナファラエリアに自然と堆積してくれるので、波の浸食にも強い土地となるでしょう。
フナファーラエコアイランドは現在の首都があるフォンガファレ島の5倍の面積を確保でき、ツバルの全国民が住んだ上に、首都機能を充分設置できるほどです。
このプロジェクトこそ、ツバルの人々にとって最高の選択肢ではないかという気がしてきますが、もちろんネガティブな側面は存在しています。
フナファーラエリアは自然環境がとても豊かな場所らしく、果たして人の都合で島の形を変え、豊かな自然を壊しても良いのかという倫理的なジレンマがあります。
気候変動という人が起こしたものから逃れるために、また自然を破壊することに反対を唱える人がいるのも理解できなくはありません。
また、ツバルでは全ての島で世襲制の地主制度が取られているため、もしフナファーラエコアイランドが完成した場合には、土地の所有権を奪い合う争いが起こる可能性が高いです。
*土地の所有権などについて詳しくはこちら「島のチーフ・シリンガ氏に聞く、ツバルの歴史」
しかし近い将来、環境難民として故郷を追い出されてしまうかもしれない人々が、海面上昇に怯えずに安心して暮らせる土地を作るためならば、有りな選択肢なのではないでしょうか。
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☑︎まとめ
ツバルが沈んだ時に残される選択肢として、ニュージランドやオーストラリアへの移住、そして新たな土地を埋め立てて居住区を作るなどが今の所考えられています。
しかし、どの選択肢も、一朝一夕で可能となるものではありません。
移住にしても受け入れ先国の体制の整備や、関連国からの支援が必要となりますし、埋め立てを行う場合にも、多くの国からの支援の力が必要になるでしょう。
ツバルが沈まずにすむようにすることは大事。でももしかしたら、たとえ沈んでしまったとしても、ツバルの人々に幸せに生き続けてもらうための選択肢を準備しておくというのは、もっと大切な事かもしれません。
選択はあくまで当事者のツバルの人々に委ねられます。私たちはどんな選択肢が選ばれようとも、援助していく事が大切なのでしょう。